アップルの創始者スティーブ・ジョブス膵臓癌でなくなって2週間以上が過ぎた。id:kuwachann-2_0の方にも書いたけれど惜しい人を亡くしたと残念な思いが募る。


さて、彼の全生涯を語る伝記(Walter Isaacson)が10月24日に出版されるのだが、そのプレビューニューヨークタイムズに出ていた。


びっくりしたのは、あのスティーブ・ジョブズでさえ(あるいはスティーブ・ジョブズだからこそ)膵臓癌が発覚した当初は「フルーツジュース+鍼+ハーブ+その他インターネット上の民間療法」で直そうとしたと言うくだりだ。


このブログの最初の頃にも書いたけれど,癌が発覚した時に患者を苦しめるのは「私の友人の○○はこれで治ったよ」と言う善意に満ちた民間療法へのお薦めなのだ。食道癌のブログで有名なケン三郎先生もここに書いていらっしゃるけれど、この情報の力の大きさは実際に癌を経験したものでなければ分からないだろう。


実は同じ頃に癌に罹っていた同級生を民間療法で亡くした。彼女はお灸で肺癌を治すと主張して、結局癌に勝てなかった。当初のスティーブ・ジョブズと同じように「自分は強いから、この方法で治してみせる」みたいな意気込みがあった。しかし、癌は平等に人を襲う。


私の癌が発覚した時、看護婦をしていた義理の姉が「これからは、食道癌のプロにならなきゃね。その癌を理解しなきゃね」とさらっと言ってくれた。事実に冷静に直面し、知識を得なさいと言う素晴らしい助言だった。


食道癌のブログとしては古くなるけれど、とても正確で冷静なものに「のどの下の胃ぶくろ」
がある。その中の代替医療と市場原理の章が一番、説得力があると思うので以下に引用しておく(蚊帳吊りウサギさん、勝手に引用しました。お許しください。)



代替医療や健康食品の氾濫の是非は、この際、ひとまず置くとして、その売り込みの論理の中に、よく出てくるのは「西洋医学の方法論は、自然科学万能を信じるあまり、人の持つ自然な治癒力を軽視している」という理屈でしょう。製薬のインサイダーの立場から言えば、これは、なんとなく、ちょっと違うと思います。

現在の医科学というのは、「人の持つ自然な治癒力」を単に神秘的なものとして、祭り上げておくのではなくて、もっともっと、綿密にその本質を理解しようとする方向に向かっていると思います。ヒトゲノムの解読プロジェクトなどはその典型です。だから、最近の抗がん剤の開発なども、以前の無差別なテストからすくい上げた、細胞毒性を主な薬理作用とする「強引な」副作用の大きいものから、今までよりもはるかに綿密にデザインされたものへと、大きくシフトしてきています。最近、骨髄性白血病をターゲットとしたグリーベックという薬が開発されましたが、これなども、ひと昔前から考えれば、夢のような薬です。

それから、もうひとつ思うことは、製薬会社というのは、要するに会社であって、利益を上げることがその存在目的だということです。要するに、利益が上がれば良い。まあ、それ以外の社会的、倫理的意義を掲げる経営者もいないことはないですけれど。そういう意味では、唐突な例ですが、ラーメン屋と一緒です。まずいラーメンを出しても、客がどんどん来て儲かるなら、普通、ラーメン屋は高額の投資をして、上手いラーメンをつくろうとはしません。でも、それでは、隣の來来軒に客を取られるので、仕方なく、美味いダシをとるべく、店主は特別な鶏がらの調達に奔走するわけです。

製薬会社だって、ぜんぜん効かない薬もどんどん承認されて、飛ぶように売れるのであれば、わざわざ研究開発などをしません。でも、それでは、競争に生き残れないので、「仕方なく」研究開発をするのです。世の中にはいろいろな産業がありますが、売り上げの15−20%までを研究開発に投資すると言うような、キチガイじみた開発競争をしている業界はちょっと思いつきません。そして、その製薬会社が、研究開発の際のよりどころにしているのが、いわゆる西欧流のサイエンスであるのは、偶然ではありません。それが、もっとも投資効率がよいから頼りにしているだけです。ほかに、もっと安上がりの薬を作るための良い指針があるなら、世界中に無数にある製薬会社の切れ者たちが、それに目をつけないわけはありません。私などからみると、もう信じられないくらい優秀かつ勤勉な、ビジネスマン、サイエンティストが、鵜の目鷹の目で、新しいアプローチを模索しています。そして、実際にそういう探索は常に行われています。以前に、仕事でイタリアの天然物抽出の会社をたずねたことがありますが、そこの研究所には、インディアナジョーンズも真っ青と言うような、奇怪な植物・動物の干物が、山積みにされていました。製薬会社のトップ(少なくとも株主)も、別に主義主張としてサイエンスをやっているのではありません。どんな不思議な水でも、虫でも、草でも、護摩でも、本当に効くなら、なんとしてでも他人より早く開発のパイプラインに載せて、特許をおさえてしまいたいと、思っています。

溺れる者はわらをも掴む。人間は弱いものですから、がんがこの世から一掃されるまで、がんに効く健康食品・代替療法の宣伝が新聞雑誌から姿を消すことはないと思います。それを反証するように、すでに西欧医学によって、ほぼ駆逐されてしまった、あるいは良い治療法の確立した病気、(結核とか、天然痘とか、胃潰瘍とか)に効くことを謳った健康食品・代替療法にはお目にかかりません。ここには、非常に単純な市場原理が働いています。私は、健康食品・代替療法の氾濫については、まあ、それはそれでいいのだと思っています。もし、そういう胡散臭いもののなかに、本当にがんの治療の主流となるような方法が潜んでいるなら、それは、近い将来、自然に医療の世界に市民権を獲得して、広く使われるようになるでしょう。なぜなら、上に書いたように、この世界の「何でもあり」の厳しい市場原理が、本当に売れる商品が小規模なネット販売などの世界に留まっていることを許さないだろうからです。しかし、「そういうものが、今の健康食品・代替療法から、出てくると思うか?」と問われれば、私の答えは「ノー」です。英語でいえば、「Let’s wait and see」と言うことになります。もちろん、違った意見をお持ちの方も多いことは、十分に承知していますし、上に書いたように、それはそれでよいのでしょう。だから、「Let’s wait and see」なのです。